MONEYKitトップ > from MONEYKit > 投信レポート > 「見ると聞くとじゃ大違い!? 現地視察レポート」シリーズ〜第二弾 中東 > 第5回 ドバイあれこれ編〜クリーク〜
第5回 ドバイあれこれ編
つい最近、ドバイにご一緒した方が、再びドバイを訪れる機会があり、エマール社のブルジュ・ドバイの販売センターにも行かれたとのこと。前回の訪問(2月初)からほんの数ヶ月しか経っていないとは思えない程、周りの風景が様変わりしていたそうです。2月に訪れた時は、まだ販売センターの周りも更地や基礎工事といった風景だったのが、かなり街らしくなっていたとか。ブルジュ・ドバイでは24時間、昼夜を問わず工事が行われているとは聞いていたけれど、その風景の変り様を目の当たりにして、ドバイの発展の勢いを改めて実感したそうです。
さて、急速に近代化への発展を続けているドバイですが、街には昔ながらのドバイが残っているところもまだまだ多くあります。今回はそんなドバイの今昔の風景あれこれをご案内したいと思います。
〜 クリーク 〜

ドバイ・クリーク。正面の黄金に輝くビルはドバイ銀行、右側の三角断面のビルは商工会議所。
ドバイは今や発展著しい高級リゾート地としての地位を確立しつつありますが、目覚しい発展の始まりはこのクリーク(運河)からなのだそうです。「ドバイ建国の父」と言われ、今でも人々に敬われているシェイク・ラーシド首長が、まだ石油が発見される以前に、ドバイをアラビア湾地域の貿易の中心地とするために、他の国々から借金をしてクリークの浚渫工事を行いインフラ整備に取り組むなどして、中継貿易点としての重要な地位を築いたのです。その後1966年に石油が発見されますが、周辺の首長国に比べ埋蔵量が少ない事などもあり、ラーシド首長は石油産業に頼らない国づくりを目指し、経済の多角化を進め、積極的に外国企業の誘致なども行い、産業の育成に力を注ぎました。その政策は長男のマクトゥーム首長、三男の現ドバイ首長のムハンマド首長により更に積極的に進められ、今日の中東最大の貿易・商業の中心地であり、また有数のリゾート地へと発展してきたのです。
ドバイの街中に大きく横たわるクリーク、これを横断するには、勿論橋がありますし、下を潜る地下鉄も現在建設中です。それ以外に市民の足になっているのが“アブラ(Abra)”と呼ばれる水上タクシーです。このアブラの発着所の近くには、両岸ともに古くからある“スーク”(市場)が広がっていて、商人や買物客、観光客など多くの人が利用しています。料金は1回1ディルハム(30円くらい)、20人乗ると随時出発、クリークには何艘ものアブラが行き交っています。

左・右上:クリークを行き交うアブラ
右下:アブラ乗り場。20人乗ると出発!

クリークに停泊する船。船上に洗濯物が……
また、スークの近くということもあり、この近辺にはやや小振り(?)の貨物船が何艘も停泊しています。これらの貨物船の船員達は船上で生活をしているようで、洗濯物が干されていたり、生活用品が詰まれている様子が見えました。
何艘も行き交うアブラ、船の住まい、東南アジアの風景が連想されます。
貨物船はイランなどとの間の貿易船だそうで、ドバイからは日用雑貨を積んで行き、イランからスパイスなどを積んで来るのだとか。船はアラビア湾を横切り、2日ほどでイランに着いてしまうそうです。
貨物船が停泊している近辺の沿岸には、ドバイからイラン方面に運ばれるいろいろな物が積み上げられています。箱詰めされた新品もありますが、一見すると粗大ごみ(?)と間違えてしまいそうな乱雑に積み上げられたソファーのような中古の日用品なども多くありました。中古であっても、それら日用品はイランでは需要が高いようです。
さて、それらの貨物、無防備に放置されているので、盗まれたりしないのか?と現地のガイドさんに尋ねたところ、聞いたことが無いとのこと。景気好調のドバイでは、そのような犯罪は少ないようです。
「見ると聞くとじゃ大違い!? 現地視察レポート」シリーズ〜第二弾 中東
- 第1回 ドバイ国際空港編
- 第2回 ドバイ—開発プロジェクト編 1
- 第2回 ドバイ—開発プロジェクト編 2
- 第2回 ドバイ—開発プロジェクト編 3
- 第3回 カタール編 1
- 第3回 カタール編 2
- 第3回 カタール編 3
- 第4回 ドバイ証券取引所編 1
- 第4回 ドバイ証券取引所編 2
- 第4回 ドバイ証券取引所編 3
- 第5回 ドバイあれこれ編〜クリーク〜
- 第5回 ドバイあれこれ編〜スークとショッピングセンター〜
- 第5回 ドバイあれこれ編〜建築物〜
- 第5回 ドバイあれこれ編〜王様(首長)〜
- 第5回 ドバイあれこれ編〜コラムその1〜
- 第5回 ドバイあれこれ編〜コラムその2〜

